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--- [ 暫定小説『悠久の旅13』 ] ---
08/12/06 (土)

 セフィルは皇帝の信頼に応えようと、すぐに国内の河川に関する記録を調べ上げた。それらひとつひとつをさらに細かく分類し、情報を集めた。
 その一方で、最初の問題に取り掛かる。それは、調べなくてもわかりきっていたからだ。首都の中を走る運河のひとつが、雨の多い季節ごとに氾濫し周囲の農民たちの畑を水浸しにしていたのだ。酷いときには家畜や人が流され、数十年に一度は大洪水で何人もの死者を出している。
 しかし、この洪水を治めようと何度か工事が行われたものの、いくらか溢れるまでの時間を延ばしただけに終わっていた。
 セフィルは早速、使いの者を呼び出した。この使いはまだ若く、皇帝が何なりと申し付けるようにとセフィルにつけた、レバという名の少年だった。
「明日、間に合わなければ明後日から工事を始められるように手配してください。場所は運河の下流です」
「は、ただいま」
 少年は緊張した様子で言い、一目散に書庫を出て行った。
 仕事に忠実な少年の背中に、セフィルはほっと息を吐いてほほ笑んだ。
 宮廷は広く、寂しいところだった。門番や世話係、エシンのように気さくな相手もいるが、文官たちの中にはやはり、異なる種族の者であるセフィルを良く思わない者も少なからずいる。
 それも、当然といえば当然のことと彼には思えた。突然、セフィルのように歳若くさらには異種族の者を重用すれば、それまで苦心して地位を築き上げてきた者たちにはおもしろくないであろう。そのような真似をして皇帝陛下は悪く思われぬのだろうかと、余計なことと自覚しながらも、自分よりも皇帝の心配をしてしまう。
 その点、何度か顔を合わせたくらいではあるが、武官たちはさっぱりしていた。元々実力世界の者たちであり、有能な者が入ってくることはゆくゆく自分たちの生存や勝利に大きく貢献するのだと知っているのが原因らしかった。
 成果を上げていけば、あの文官たちも認めてくれるかもしれない――とは思うものの、セフィルはひとつ気がかりな人物がいた。前の治水の官であり、降格した身でありながら武官と文官を兼任する、トドモルという人物だった。ことさら睨みつけ、冷たく接してくるので不思議に思っていたのが、彼の身の上話を聞いて納得したところである。つまり、セフィルが上手く治水を成功させてしまうと、彼は誇りを傷つけられるのだ。運河の治水なども彼が行い、成功にこぎつけられなかったからだ。
 それでも、いくつも仕事を成功はさせている。そのため、セフィルには彼が無能だとは思えないし、何も負い目に感じることはないという感想を抱いていた。
 しかし、それを伝えるには時間がかかるだろう。
 束の間物思いにふけっていたセフィルは、少し気持ち悪さを感じた。書の臭いは彼の好みだが、やや埃っぽく窓のないこの部屋は閉め切っていると、暑苦しい空気に満たされる。
 自分の執務室に戻ろうと、彼は戸の溝に手をかけた。宮廷の部屋の出入り口は大抵向こう側が見通せる簾だが、ここは音を遮断するためか、分厚い木の引き戸になっている。
 その戸を引き開けようとするが、戸は動かない。どこかに引っかかったのかと力を込めるが、びくともしなかった。
 少しだけ危機感を感じて、揺すってみる。四方八方に押したり引いたりしてみるが、それでも動かない。
 戸を外すということができればすべては解決するだろうが、非力なセフィルでなくても、大きな戸は重過ぎて持ち上げることはできなかった。
「誰かいませんか」
 戸を叩くが、ここは用事のない者がそばを通りかかるような造りではない。それでも、他に手の打ちようがなかった。
 平時ならレバが不審に思って捜しに来るところだろうが、彼に任せた用事からしてかなり時間がかかるだろう。
 段々と部屋の空気は暑くなり、セフィルは声を出す気力も失って座り込んだ。
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--- [ 暫定小説『悠久の旅12』 ] ---
07/01/02 (火)

 門番たちは姿勢を正しながらも、親しみある笑みを浮かべて医師を迎えた。
「エシンさま、お疲れさまです」
「ああ、お疲れさん。こちら、新しく宮廷に出入することになるセフィルどのだ。しっかり顔を覚えておいてくれ」
 エシンに紹介されると、少年は慌てて頭を下げる。
「セフィルといいます。どうぞ、お見知り置きを」
 異端の種族の少年のことを、門番たちは、すでに知らされているのか。
「セフィルさま、お顔を上げてください。我々もこれが仕事です。しっかりと覚えておきますから、ご心配はいりません」
「綺麗なお顔をしていらっしゃる。大丈夫です、このわたくし、己の妻の顔は忘れても、美人のお顔は忘れません」
 エシンの前だからかもしれないが、門番たちは気の良い様子でことばを交わし、親しげに笑いかけた。
 思わず、少し強張っていたセフィルの顔にも、笑みがこぼれる。
 門番たちに見送られ、二人は宮廷をくぐった。美しい布や紐で飾り付けられ、壁や天井自体にも芸術的な模様が彫り込まれた広い部屋を抜け、通りかかる者たちと挨拶を交わしながら、通路の奥の階段を登る。
 セフィルはただ、好奇心を抑えていたずらに辺りを見回すようなことをせず、エシンの背中についていった。もはや宮廷にも慣れた名医の歩みに迷いはなく、彼は真っ直ぐ、皇帝のもとへ進んでいるらしい。
 通路などで見かける者の多くは、見知らぬ少年を物珍しそうに見送り、中には、おもしろくなさそうに何事かをささやき交わす者たちもいた。
 そのようなものに心乱されることもなく、少年は、医師とともに見張り番に頭を下げ、豪奢な布をくぐって謁見の間に入る。
 部屋は、それほど広くはなかった。だが、竹の板が連なるすだれを天井から吊るしたものが壁代わりになり、湖と山並みを望む大きな窓からの光に床や天井の荘厳な模様が照らし出される様子は、宮廷のほかの場所とは違う雰囲気をかもしだしている。
 自然の場だ、とセフィルは感じる。人工物ではない、自然が作り出す〈気〉と同じものが、この場に満ちているようだった。
 ほのかな、香炉の出す花の匂い。それもまた、緊張をほぐし、その場にいる者の在るがままをさらけ出させるかのようだ。
「陛下、セフィルどのをお連れいたしました」
 エシンが深々と頭を下げる。
 窓を背にするように、大きな椅子がしつらえてあった。しかし、皇帝の姿は、その上にはない。
 皇帝らしき男は、窓の外を眺めるようにして、背中を見せていた。その着物は皇帝にしては質素で、思ったより若い、と、セフィルには思われた。
 皇帝が振り返る。優しげな黒い目に静かな光をたたえ、顎には上品な髭を生やした男は、その視界に異質な少年の姿を留めると、温かみのあるほほ笑みを浮かべた。
「良くいらっしゃった。あなたの噂は余も聞き及んでおります。良くぞその歳で、優れた治水や農耕の知識をお持ちになってらっしゃる」
 優しく低い声に、セフィルは頭を下げた。あからさまではないが、皇帝の声には、人を信頼させ、彼に従いたいと思わせる威厳があった。
「恐れ多くも、こうしてお目通りがかなったこと、栄誉に思います。このセフィル、全力を持って勤めてゆくつもりです」
 少年の内心には緊張も不安もあったものの、その仕草、そのことばには、よどみのひとつもなかった。彼の如才なさを知るエシンですら、見慣れた大人の文官たちよりよほど慣れて堂々としている様子に、目を見張ったほどだ。
「ヴァハルの民の教えは、とても優れているのだね。学問の前には、種族の違いなど無意味なもの。ただ、わたしは是非、ヴァハル族の知識とあなたの知識に、手伝いを請いたいと思う」
 皇帝は少年に歩み寄った。
「セフィル。あなたを、治水の官に任ずる」
 最初の命令に、セフィルは頭を下げ、短く、はい、と答えた。
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--- [ 暫定小説『悠久の旅11』 ] ---
06/12/04 (月)

 宮廷勤めを心に決めた翌日から数日の間に、セフィルは家族や彼に恩ある者の手伝いを得て住処を移動した。もともと、彼の私物など、いくらかの着物と巻物くらいである。
 ただ、親は皇帝に仕えるのだから調度品もそれなりの物を、と願い、また、住居からその内部に至る物まで、宮廷からの使いがすべて費用を賄うという報せがあった。
 住居として与えられたのは、宮廷に近い、静かな辺りに建つ一軒家だ。そばには小川が流れ小鳥がさえずる林が広がる、セフィルの好みにも合った場所だった。
「すっごーい、広いお家!」
 自分の部屋、というものを持ったことがないアカルが目を輝かせて見回すのを、セフィルは少し、不憫に思う。
「それでもわたしは、皆がいるもとの家のほうが好きですよ。休みにはきちんと帰りますから、待っていてくださいね」
「うん、待ってる!」
 別れを思うと、少女の目に、涙がにじむ。
 すべての調度品が整うと、しゃくりあげながら手を振るアカルが、去り難いのか、自分では歩き出すこともできず、母親に抱えられるようにして、両親とともに家へ戻っていく。
 いよいよ、一人になった。
 宮廷へ向かうのは、明日からだ。明日への期待と緊張、一人家族と離れて暮らすことになった寂しさをまぎらわそうと、セフィルはまだ座り心地も馴染まない椅子に腰かけ、巻物を繰り返し眺めていた。
 一族の者は、一人で生活するにも不自由がないよう、叩き込まれていた。セフィルもまた、料理なども得意とするところである。
 寂しさが和らぐと、静かなこの家は、居心地の良いものに感じられた。何も、読書を邪魔するものはない。エシンに渡された巻物も、今まで以上にじっくりと読むことができる。
 思わず夜遅くまで起きていて、そのことに気がつくと、慌てて翌朝の準備をして布団に入った。
 宮廷に持参する物は、事前に家に届けられている。最初に仕官する日の朝、セフィルは感触を確かめるように文官の着物に袖を通し、迎えの使者を待った。
 酷く長く感じられる時間の後、ドアの外から、声が掛けられる。
「セフィルさま、宮廷よりお迎えにあがりました!」
 どこか、聞き覚えのあるような声だ。訝りながら、それを表情に表わすことなく少年がドアを開けると、疑問は確信に変わる。
「エシンさまではありませんか。宮廷の使者がお迎えにやって来るとうかがっておりましたが、エシンさまのことだったのですか?」
 大きな鞄を片手に提げた白い長衣姿は、まごうことなき名医エシンだった。
「いいえ、丁度こちらに出向く用事があったので、使者と代わってもらったんですよ。準備はいいかい?」
「ええ、もちろん」
 見知らぬ、堅苦しい使者とともに宮廷に向かうのに比べると、エシンと一緒に最初の仕官を迎えるのは、気が軽くなる。
「まあ、困ったらいくらでも声を掛けてくれるといい。妙な連中もいるけれど、帝は素晴らしいかただし、彼が気に入って取り立てる者もそうさ」
 少し歩くと、間もなく、荘厳な宮殿の門が見えてくる。伝説上の動物や美しい鳥を模した飾りが、門番たちと、近づいていく二人を見下ろしていた。
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--- [ 暫定小説『悠久の旅10』 ] ---
06/02/08 (水)

 人々に頼まれ、セフィルが畑に水を引くからくりを設計し、周辺の畑に潤いを与えた翌日、父のもとに報せが降りた。何度か顔を合わせたことのある、王宮の伝令の手による報せだった。
 その夜、ヴァハルの長は夕餉の席で、意を決したように口を開いた。
「セフィルよ……今日、王宮からの使いが来た。お前を、是非王宮に迎えたいと、皇帝陛下がご要望のようだ」
「皇帝陛下……?」
 セフィル、そしてその母も、顔色を変える。
 名君として名高い現皇帝は、地位や出自で人を差別することはしない。すでに王宮にも、平民出身の者は大勢いる。
 しかし、いかに有能とはいえ、都の外からやってきた異端の一族を召し抱えることは、未だ例がない。
 一家も、何とか生きていけるだけの職が与えられるだけで幸いだという覚悟でここへやってきたのだ。若い長が安定した職を得たことですら、僥倖だった。
「エシンさまのお口添えもあったのだろう。しかし、無理は言わぬ。すべては当人の意思次第であると、皇帝陛下もおっしゃられている。王宮に仕えることとなれば、家を離れることになる、よくお考えになられるがよい、と」
「兄上、家を出られるの?」
 難しい話はほとんど聞き流していたらしいアカルが、家を出る、というそのことばには、敏感に反応した。
 セフィルは迷うように、妹を見る。
 一人離れて暮らすことに多少の不安はあるものの、一人でいるのは嫌いではなかった。己の能力で、より大きなことがしたい、多くの人の助けになりたいとの想いもある。
 それに、今はともかく、これからアカルが成長するにつれ、色々と入用の物もある。
 何度か彼が目にした街の若い娘たちは、美しく着飾り、可愛らしい人形を手にして、ときには親たちとともに、珍しい食べ物を口にする。
 一族の質素な食事を愛するセフィルは、優雅な都の暮らしを羨むことはないが、せめて、アカルがほかの娘たちから哀れまれ、あるいは蔑まれるようなことは避けたかった。
 少しでも父の負担を軽くするには、王宮に仕えるのは最善に思えた。
「わかりました。わたしは、王宮に仕えたいと思います」
 考え込んでいたセフィルの様子を見つめていた家族の目が、大きく見開かれる。
 少年の決断は誇らしいことであり、喜ぶべきことであり、同時に、家族が別れて暮らすことでもあった。
「お休みの日には戻ってきますし、離れていても、わたしたちは家族ですよ」
 セフィルは泣き出しそうな顔をする妹にほほ笑みを向ける。アカルは小さな手で兄の袖を引き、必死に何かを訴えようとするが、ことばにならない。
「あにうえ……ぜ、ぜったい帰ってよう……あにうえぇ……」
「約束ですよ」
 すすり泣きながら見上げる妹と、兄は小指を絡める。
「セフィル……」
 アカルの様子が落ち着いた頃合を見計らって、兄妹の父が声をかける。
 セフィルは父に向き直り、居ずまいを正した。
「わたしは、お前を誇りに思う。……己の思う通りにやってみなさい」
 多くを語らねば理解しない息子ではない。ことば少なく、彼は我が子に告げた。
 ことば以上のものを感じ取りながら、セフィルはうなずいた。
「はい。この身体、この心の限りあるまでを捧げ、勤めて参ります」
 その瞳に、かつての、迷い弱々しく翳っていた頃の光はない。ただ、強い意志と決意が輝いている。
 その様子を、両親は、何か眩しいものを眺めるようにして見ていた。
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--- [ 暫定小説『悠久の旅9』 ] ---
05/10/04 (火)

 雨の日々が過ぎ去り、身体がいつもの調子を取り戻すと、セフィルは熱心に、エシンから渡された巻物を読み込んだ。巻物には己の肉体が持つ〈気〉の循環を操り、整える方法が記されていた。何度もその意味を確かめながら、少年は少しずつ、それを実践していった。
 やがて、彼は多くの同年代の少年ほどに健康ではないにせよ、天気の良い日は外に出ても不安の無いほど丈夫になった。だが、もともと外を駆け回るような性質ではないせいか、同年代の子どもたちと遊ぶより、郊外に近い場所を流れる小川や林のそばで自然に親しみ、あるいは、農業などを営む大人に、書物から得た知識を分け与えていた。
 豪雨の一件以来、セフィルの名は、周辺に住む少なからぬ大人たちの耳に届いていた。エシンが以後も何度か訪ねて来たこともあり、この地区に非常に聡い少年がいるという噂は、徐々に都全体に広がりつつある。
 そんなこととは露知らず、セフィルは毎日のように動物たちと戯れていた。
「兄さま!」
 少年の肩に留まっていた白い小鳥が、驚いたように飛び立つ。束の間、残念そうにそれを見上げたものの、振り返って木々の間を駆けてくる妹の姿を見つけると、セフィルは嬉しそうにほほ笑んだ。
「アカルはいつも元気ですね。……おや、その手に持っているのは何です?」
 目の前で立ち止まり、最近少しずつ少女らしい顔立ちに整って来た妹が息を吐く間に、彼は小さな右手に握られたものを見咎めた。
 一見して人形、に見えるそれは、周囲で目にする都の者たちなどとは、少々かけ離れた姿をしている。
 アカルは兄の関心を引けたのがうれしいのか、自慢げな笑顔で人形を掲げて見せた。
「母上が作ってくれたの。一族の昔話に出てくる呪い師の格好の人形で、子どもが持っていると幸せを運んでくれるんだって」
「守り神の人形か。アカル、それは大切にするんですよ」
「うん!」
 少女は勢いよくうなずき、兄の手を引いた。
「母上が、餡菓子を作ったから兄さまを呼んで来なさいって言ってたの。ねえ、帰りましょ」
 早くお菓子を食べたいのか、アカルは急いで小川を渡ろうと、足を出す。すると、木靴のつまさきが、濡れた石の上で滑った。そのまま、川の中に滑り落ちそうになるのを、セフィルが手を引いて戻す。
「大丈夫、アカル?」
 草むらに尻餅をつく妹の前で、その兄は心配そうにしゃがみこんだ。
「大丈夫だよっ」
 アカルは元気に言って立ち上がるが、その右手の手のひらには、草の茎で切ったのだろう、赤いものが染み出していた。
 その手を取り、セフィルは自分の右手をかざす。
「少し、じっとしていなさい」
 アカルは、兄の言うとおりにした。彼女の右手に、何か温かいものが触れる。
「はい、もういいですよ」
 少女が、もともと大きな目を見開いて手のひらを見る。裂けていた皮膚が、痕も残らずつながっていた。
「凄い。兄さまは、奇跡を起こせるの?」
「このことは、他の人には言っては駄目ですよ。わたしと、アカルだけの秘密です」
 大好きな兄と、自分だけの秘密。そのことばに、少女はかなり気をよくしたようだ。
「うん、約束は絶対守るね!」
 妹が突き出した小指に、自らの細い指を絡めながら、少年はささやかな幸せに感謝し――そんな日々がずっと続くことを願った。
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--- [ 暫定小説『悠久の旅8』 ] ---
05/07/24 (日)

 雨は、少しずつ小降りになっていく様子だった。それでも、傘を差さなければすぐに余すところなく濡れる勢いは残っている。
 窓からふたつの傘を見ていたアカルは、兄を起こさぬようそっと部屋を出ると、二人の大人たちが姿を現わすのを待った。
 やがて、少し建てつけの悪い戸が開き、長と、学者風の男が入ってきて傘をたたむ。
「いらっしゃいませ、お客さま」
 アカルが大人ぶって頭を下げ、母から受け取った布を差し出すと、エシンは人懐っこい笑みを浮かべた。
「お邪魔しますよ、アカルさん。さすがヴァハルの長のお子さまたちは、礼儀も心得ていらっしゃる」
「大人の真似をしたい年頃なのですよ」
 苦笑して、長はエシンに席を勧め、妻が入れた茶を渡した。少しの間、家族や仕事の話を中心にした歓談が続く。
 だが、客人は、これが家族の全員でないことは知っていた。もともと、彼の目的はもう一人の人物なのだ。
 話題が切れると、医師は早速、長の案内で奥の部屋に入る。部屋は明りの火をともしておらず、窓の曇りの空の明りだけが、薄っすらと室内の輪郭を浮き上がらせる。
 闇の中で、寝台の上の気配が動いた。長が持っていた鉄板付のローソクを机の上に置くと、となりの部屋の声ですでに目を覚ましていたらしい少年が、眩しそうに目を細めながら見上げた。
「お客さま……ですか?」
 荒い息を吐きながら、セフィルは見覚えのない人物を見上げた。相手は、ためらうことなく、彼の枕元に歩み寄る。
「きみがセフィルくんか。初めまして、わたしはエシン。世間で言うところの、医者という者だよ」
 独特な言い回しで自己紹介すると、男は笑顔で、少年の顔をのぞき込む。
 様々な文献を漁ってきたセフィルは、王宮のこともよく知っていた。エシンが、皇帝にも頼りにされている、高名な医師であることも。
 彼が茫然としている間に、医師は母親から、今までの経過をきいていた。それが終わると、少年の頬に手を当て、顔色を見る。
「病気自体は大したものじゃなくても、抵抗力がないために長引く傾向にあるようですな。体力もないから、長引けば長引くほど弱って、抵抗力も下がる」
「一応、食事にも気をつけているのですが……生まれ持った体質は、仕方がないのでしょうか」
 望みはないものかと、少年の母親が真剣に名医に問いかける。
「もっと成長すればある程度改善されるでしょうが、まだ身体ができていませんからね……ただ、この子には術の素質がおありのようです。この子なら、これも理解できるでしょう」
 そう言ってエシンが取り出したのは、一巻の巻物だった。
 術は、ヴァハルの長にとっても、村にいた頃に見慣れたものだった。だが、街に出てからは、ほとんど目にする機会はなかった。
「これには、己の体内を流れる気の循環を操ることで外からの悪い気を遮断する、気術の指南も書かれている」
「そんな大切なものを……」
 名医が差し出す巻物を、長は受け取るべきかどうか迷った。おそらく、値がつけられないほどの価値を持った巻物だということは、想像に難くない。
「なあに、読んでも大抵の人には意味のわからない、つまり、意味を成さない巻物です。読める人の読んでもらうのがいい。わたしは、別の写しを持っておりますので」
 エシンは屈託なく笑うと、まだ迷っている長ではなく、目に好奇の光を映しているセフィルに巻物を手渡した。
 紐をほどき、中身を覗いた少年の目が見開かれる。まるで、新しい玩具を与えられた幼子のように。
「ありがとうございます。本当なら、色々と話を伺いたいところですが……」
「それは、元気になってからがいいね」
 心から嬉しそうに見上げる少年に、稀代の名医と名高い男は、再度の訪問を約束した。
 今まで見たことがないほど楽しげな顔をする我が子を見つめながら、長は内心、エシンと、彼を紹介してくれた宿の主人に感謝した。
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--- [ 暫定小説「悠久の旅」7 ] ---
05/05/05 (木) こどもの日

「父さま!」
 待ちわびていたのか、姿を見るなりアカルが突進してくる。長は、愛娘が濡れてしまわぬよう気をつけながら、自らの胸に抱き上げて頭を撫でる。
「あなた、良くぞご無事で……しかし、こんなに濡れていっらっしゃるじゃありませんか。どうぞ、身体を温めてください」
 乾いた布を手に、レイヌが心配そうに歩み寄ってくる。
 完全に水を吸った靴を脱ぎ、ズボンの裾を縛って、布で体中の水気を拭き取る。人心地つくと、改めて水の冷たさが身にしみる。
 カマドの火で暖を取りながら、彼は周囲を見回した。先ほどから探している姿が、そこにはない。
 水害を予測した息子を誇りに思い、真っ先に声をかけようと決めていた。しかし、誇られるべきその当人は、急激な寒さに耐えられなかったのか、雨が降り始めて間もなく寝台に伏せっていた。
「父上……」
 鋭敏な感覚を持つセフィルは気配で目を覚まし、顔を上げる。父に手を取られると、その白い頬に幼子のようなほほ笑みが浮かんだ。
 いかに甘えることのない大人びた少年といえ、まだ、十もそこそこの子どもなのだ。親のぬくもりを厭う年齢でもない。
「セフィルよ、お前の言う通りになった。なんという素晴らしい知識と勇気か……わたしは、お前の親であることが嬉しい」
 力強い手が、少年の頬に触れた。雨に濡れ冷えた長の手よりも、白い頬は冷たい。
 それでも、セフィルの声は喜びの熱がこもっていた。
「わたしはただ……少しでも、役に立ちたいと思ったのです。これで、誰かを助けられたなら……本望です」
 彼は、華奢な手で父の手に触れた。
「わたしも、父上と母上の子に生まれ、幸福です」
 枕元に、自分の存在を強調するかのように、少女が駆け寄った。その兄たる少年が相好を崩す。 「もちろん、あなたという妹がいることも、わたしにとって幸せなことですよ」
 なだめるようなことばに、満足げにアカルがうなずくと、家族の間に笑い声が起こった。
 その晩から、雨は三日三晩もの間、降り続けた。長の警告もあり、この辺りでは被害は少ないものの、都の中でも川と接する地区では、濁流にのまれて死者が出たとの情報ももたらされた。
 そして、セフィルは熱を出し、雨が降りそそぐ間中、寝台の上に横たわっている。水害対策を指導しながらも、それが長の一番の気がかりとなっていた。
 そんな折、あの宿の主人が、長の心配を見るに見かねて切り出した。
「どうです、帰りに我が宿に寄って行かれませんか? お医者さまが、是非ご子息のことを聞きたいとおっしゃっられているのですよ。上手くいけば、ご助言を頂けるかもしれません」
 高名な医者、と聞いて、長は主人の提案を受け入れた。聞く所によると、医者はエシンという名だという。
 その名を聞き、長は驚く。王宮に召されることも多い、術も扱うという噂の、有名な医者だった。
「是非、お願い申し上げよう」
 長は元々乱れることの少ない姿勢を正し、改まった様子で、宿の主人に頭を下げた。
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--- [ 暫定小説「悠久の旅」6 ] ---
05/04/16 (土)

 ヴァハルの長は、暇を見ては町民や農民たちの相談にのっていた。長自身も、彼らとそう変わらぬ暮らしをしている。それ故に、彼らと同じ視点で物事を眺めることができた。
 その日、空はいつもと変わらず晴れ渡っているかに見えた。
 果たして、本当に豪雨となるのか。
 石壁を切り抜いただけの窓から空を見上げ、彼が昨夜の息子のことばに疑問を抱いたのは、一瞬だった。顔馴染みの男が部屋に入ってくると、彼は笑みを浮かべて振り返る。
「どうだ、最近の景気は?」
 男は、以前相談に来た、宿を営む者だった。陽気そうな顔に馴染んだ愛想笑いを浮かべ、男は何度もうなずく。
「おかげさまで、商売繁盛ですよ。ここ数日は、お偉いお医者様が泊まってくださっています」
「そうか。それはよかった……」
 言いかけて、長は息子のことばを思い出す。
「そういえば、宿の水害対策は万全かい? 息子が、今日は雨になりそうだというもんでね」
「雨ですかい?」
 宿の主人は、チラリと、窓の外の雲ひとつない青空を一瞥した。
「降りそうもないと思うだろう? しかし、わたしは信じている。あの子は、わたしがこうしている間にも、様々な知識に親しみ、そして、自然の中で感覚を研ぎ澄ましているようだ……何より、今まで予想が外れたことはない」
 長が落ち着いた声で信じると言えば、それを耳にした者も、信じるほうへ傾く。若いながら、多くのものを見、聴きしてきた彼の態度や語り口には、自然と人の心を惹きつける力が備わっていた。
「天災への対策は、取らぬより取るほうがいいのが間違いありませぬ。早速男どもに窓と屋根の補強を命じ、周囲の家の者にも伝えましょう」
「かたじけない」
 これから起こる災難を思うと、宿の主人は挨拶もそこそこに、急いで支所を出て行った。
 長は、来る人来る人に、警告をする。多くの者は真剣に、今まで信頼を築き上げてきた長のことばを信じた。
 これで、もし雨が降らなければ、彼の信頼は地に落ちるだろう――そう、思わないでもなかった。だが、そんなものは人々が水害で被る犠牲とは比べ物にならない。何より、これは父が子を信じるかどうかの証でもあるのだ、と、長は腹を決めていた。
 長が妻が持たせてくれた包みをほどき、心づくの昼食を食べ終えたときも、空は、青一色の様子を見せていた。
 それが、急に翳りだしたのは、陽もだいぶ傾いた頃合である。
 支所には、長の手足となる部下が二人、勤めていた。長は二人を早めに帰らせようとしたが、二人は頑固者で、結局長が帰るまでは動こうとしなかった。
 雨脚はどんどん強まり、まるで夕刻を飛ばして、一気に真夜中と化したような闇が街を包んだ。長は今にも骨が折れそうな傘をさしながら、半ば手探り状態で、家路に着く。
 踝まである川となった狭い道を抜け、高台にある家に近づくと、いくらか足もとの水位が下がる。弱々しい我が家の灯を頼りにして、長は何とか、家族のもとに戻った。
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--- [ 暫定小説「悠久の旅」5 ] ---
05/03/06 (日)

「兄さまの悪口は言うな!」
 幼いながらも、毅然とした少女の声。耳に馴染んだ声に、常に平静な態度を崩さないセフィルも、心配の面持ちで立ち上がる。
 外で口さがなく噂話をしていた者たちは追い立てられ、間もなく、栗色の髪を肩で切りそろえた少女が飛び込んで来る。少女は、兄の姿を見つけると、嬉しそうにその姿に駆け寄って抱きつく。
「アカル、また友だちを追い払ってしまったのですか?」
「あんなの、友だちじゃあありません!」
 やや歳の離れた妹に目を向けると、少女は、頬を膨らませて声を上げる。
「兄さまのことを悪く言う者は許さないもん」
 しかし、それでは友だちが出来ないのでは、と、何度か諭したことがあった。だが、アカルに言わせると、兄の悪口を言うような人間は悪人だから、という理由で、付き合いたくないらしい。
 明るく気立てのいい娘である。自分がいなければ近所でも人気者になれたのではないかと思うと、セフィルは忍びなかった。
 やがて陽が落ち始めると、働きに出ていた両親も戻り、兄妹は、母が野山から刈ってきた薬草の仕分けや、草編みを手伝う。役人が勤める支所で働く父は、少し遅れて帰宅する。
 夕餉の支度を手伝いながら、その日、セフィルは父に切り出した。
「父上……今宵は、空模様がよくありません。明日は、豪雨になるかもしれません」
 我が子のことばに、父は真剣な目を向けた。
 セフィルが予言めいたことを言うのは、初めてではない。そして、その予言は必ずと言っていいほど当たるのだ。
「では、明日は人々に注意を呼びかけるとしよう。それにしても、なぜ、そのようなことがわかるのだ?」
「長く空ばかり眺めていると、わかるようになるのです」
 父親は、ほほ笑む我が子の視線を辿り、窓の外を見やる。
 そこには、彼には何の変哲もないように思える、美しく瞬く星空が広がるばかりだった。



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 昨日ネットワーク障害&ログ飛びがありました。復旧した後に多数のアクセスがあり、その負荷で……というのが原因だろうか。ただでさえ負荷が大きくなってきているので、そろそろ逆アクセスランキングにメスを入れるか……と思っていた矢先だった。
 しかし今はメスを入れてる余裕もない。しばらく様子見……。 
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--- [ 暫定小説「悠久の旅」4 ] ---
05/02/22 (火)

 数年の間、村を離れた一族は、草原を点々として暮らしていた。平和な、遊牧を主とする生活である。
 一見、彼らの暮らしは順調に見えた。しかし、長は心配事を抱えていた。それも、村を出る理由となった、当のセフィルのことである。
 すでに、母に似た優しさと父に似た聡明さを併せ持った少年に育っていた『悪魔の子』は、ひどく身体が弱かった。叔父が苦労して近くの村から連れてきた医者によると、元服まで生きられるかわからないとのことだった。
「わたくしは心配です……」
 熱を出して寝台に横たわる我が子を看病しながら、長の妻は訴える。
「やはり、都で暮らしたほうがこの子のためではないでしょうか」
「しかし、今更都の暮らしなど出来ようか? 一族の者に申し訳が立たん」
「彼らも、覚悟はして来たはずです」
 確かに、妻の言う通りであった。
 一度、家族を護り抜くと誓った身である。病弱なセフィル、そして、今妻が身ごもっている第二子のため、長は一族をセフィルの叔父に任せ、妻の両親と家族だけで、都に移住することを決意する。
 年に二度、都の郊外で顔を合わせることを約束し、ヴァハルの長は、自らが引き連れてきた遊牧民族と別れた。
 幸い、一族には伝統の織物の技が伝わっており、その織物は都でも高値で取引されていた。すぐに家を買い、一家は都の生活に順応する。
 そうして、さらに月日は流れた。

 草網を透かして見える窓の外で、同年代の子どもたちが遊んでいる。一度それを見やり、セフィルは巻物に視線を戻した。
「知ってる? あの家の子、悪魔の子って言われてるんだって。お母さんが、不気味だから近づいちゃ駄目って言うの」
「見たこともない髪の色をした子でしょ? 強い術士の血をひいてるとか……気持ち悪いよね」
 どこから、出自が洩れたのか。時折、そんなやり取りが少年の耳に届く。
 その度、彼は人知れずピクリと手を止めるものの、かまわず書の先に目をやる。
 そんな時、必ずと言っていいほど、あの声が聞こえてくるのだ。


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--- [ 暫定小説「悠久の旅」3 ] ---
05/02/16 (水)

 ヴァハルの長は、まず信頼できる者に事の次第を話し、村を離れる準備を進めた。村の有力者の中にはそれを何とか留めようとことばを尽くす者もいたが、やがては長の頑固さに根を上げ、閉口するほかなかった。
 彼らが村を出ることでその命を留めることとなった赤子には、大術師として伝説にその名を留める、セフィル、という名がつけられた。その名はまた、あらゆる存在の根源と慈悲深き生命を表わすことばでもある。
「あなた、わたくしの我儘を聞いて頂き、礼のことばもありません。必ず、この子を一族の長に恥じぬよう育てて見せます」
 我が子を抱き、となりに立つ妻に、長は笑みを向けた。もう、我が子に近づくことを躊躇する理由もない。それだけで、彼は自らの決断を誇れる気持ちになる。
「お前もセフィルも、わたしの身体の一部のようなものだ。必ずや、護ってみせよう」
 妻の肩を抱き寄せ、丘の上から、村を見渡す。間もなく見納めになるであろう、長年馴れ親しんできた風景を。
 セフィルが生まれて一週間。そのうちに、彼らは準備を整えた。ヴァハルと血縁の一族が多数、彼らと行動を共にすると申し出た。先代に恩義を受けた者、現在の長の人柄に惹かれる者が多く、実に村を構成する六分の一の部族が、彼らと村を出ることとなった。
 出立の日、盛大な催しが執り行われた。何も知らず、祭のようにはしゃぐ子どもたち、故郷との別れに涙を流す者、旅立ちへの不安に顔を曇らせる者、勇気を奮いこそうと明るく振舞う者――それらの者が皆、この別れを惜しみ、旅立ちの幸運を祈る。
「いつかはまた、この地の土を踏む日が訪れんことを」
「我らは、その時を待つ」
 ヴァハルの長が杯を掲げ、村長が祈りながら、神酒を注いだ。
 それぞれの杯を手に、朝日に向かって祈りを捧げ、酒を飲み干す。
 それを最後の儀礼として、荷物を満載した馬と羊を連れ、十余りの部族が草原への道を歩き始めた。
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--- [ 暫定小説「悠久の旅」2 ] ---
05/02/07 (月)

 魔の刻に赤子が生まれたということは、村の他の者たちには内密にされた。そのことを知るのは、一族の者たちと、村長と子を取りあげた医者だけである。
 子が生まれてから、一族の有力者たちは連日長の家に泊り込み、静かに話し合いを続けた。
 誰が、どこへ、赤子の首を斬りに行くか。
 村の伝承には、魔の刻に生まれた双子を山奥の洞窟に連れて行き、焼き清めた短刀で双子の首を斬ったとあった。また、間の刻に生まれた赤子を殺さず、赤子が十になったとき、子が村の大部分を焼く火事を起こした、あるいは殺戮を犯したという伝承もある。
 しかし、レイヌは彼らの話し合いを恨めしげに見つめた。
「赤子の前で、それを殺す相談をするなど……何と言うことですか!」
「しかし、これは必要なことなのだ」
 布団の中から毅然とした目を向ける愛妻に、長はたしなめるような視線を向ける。
 彼とて、自らの血を分けた子を手にかけたくはなかった。レイヌの胸に抱かれた子は、誰もが一目見て忘れられないような、愛らしい顔立ちをしていた。長譲りの白銀の髪に優しい面差し、妻譲りの白い肌に澄んだ紫紺の瞳。
 その顔を、長はできる限り見ないようにしていた。見れば、ますます情が移る。
 しかし、レイヌはそれを狙ったかのように、大人しく布に包まれている乳飲み子を掲げた。
 無邪気な、大きな目が大人たちを見る。何も知らぬ、澄み切った目で。
 不思議そうに大人たちを見た後、赤子は声を立てて笑った。今、その命を奪おうという算段が行われていることなど、知る由もない。
 動きを止め、視線を外すこともできない男たちを前に、レイヌは勝ち誇ったように立ち上がる。
「わたくしは、この子を離しませぬ。村に迷惑がかかるというなら、わたくしはこの子を連れて村を出ます。この子は、わたくしがお腹を痛めて生んだ、ヴァハルの長の子です。誰にも渡しませぬ」
「しかし……」
 村長が眉間にしわを寄せ、ヴァハルの長に目を向けた。
 赤子が生まれたときから、長にはわかっていた。彼には、より大きな選択がいくつも待っていることを。
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--- [ 暫定小説「悠久の旅」1 ] ---
05/02/04 (金)

 小さなテントが、緑の谷間に点在していた。
 名も無き村の人々は羊の養育と農耕を中心に日々を暮らし、豊かとは言えないが、平和な生活を営んでいた。数十の部族からなる村は、山をいくつか越えた先にある帝都のような進んだ文明の力は及ばずとも、独自の共同体を形作っている。
 子どもたちは昔ながらの玩具や家畜を使った競争などを娯楽とし、女たちは自然の産物を飾りとすること、それに占いを楽しんだ。占いに使う札は、不思議な力を行使する術士が使う呪具と変わりなく、自然の神への祝詞が刻まれている。この村の人々は皆、信心深いのだ。
 彼らは、部族の別なく、日食を魔の刻として恐れた。あらゆる生命の王たる太陽が失われ、世界は闇にひれ伏し、動物たちが不気味に鳴き声を上げる。闇に乗じて妖魔が動き出すと信じられ、人々はテントにこもって身を寄せ合う。
 魔の刻にはあらゆる行動が不幸に転ぶと言われ、まつりごともすべて中断された。しかし、すべての行動が中止できるものではない。
「頼む、耐えてくれ」
 窓の外が闇に包まれたのを見て、ヴァハル族の若い長は、苦しむ愛妻の手をさらに強く握った。
 ヴァハル族の跡継ぎが生まれようとしていた。しかし、見守る者は、なぜこの時に、と思わずにはいられない。魔の刻に生まれた赤子は、悪魔の魂を得る、村に災いをもたらすと言い伝えられているのだ。
 この刻に生まれた赤子は、殺さなければならない――。
 長は祈った。しかし、村にただ一人の医者は、首を振る。
「これ以上は持ちませぬ。長、ご決断を。このままではご子息ばかりか、レイヌ様まで失いますぞ」
 年輪を重ねた医者の顔が、長に決断を迫る。
 長は、愛する妻を見た。
 このままでは、愛しい者も、将来の家族も、すべてを失うかも知れない。決断は彼独りに任されている。
 やがて――長はうなずいた。

 こうして、魔の刻に、一人の赤子が取り上げられた。
 名も無き頃から、彼はある二つ名をもって呼ばれることになる。
 「悪魔の子」、と。



※言い訳と注意書き
 余りにも更新頻度が落ちているので書いてみたけど、何か変だよな……。というのも、これ、某漫画キャラの過去話二次小説用のネタを使ったもの。一次創作とも二次創作とも言えない微妙なものですな。
 途中で消えたり完結しないかもしれませんが、元々そういうものとして連載しますので、ご了承ください。

 元ネタキャラはわかる人にはわかると思う。原典小説には一応あるのに漫画じゃ過去話が描写されなかった彼。ファンサイトの二次創作とか見ると、結構みんな傾向が似ている……みんな、抱くイメージが似てるんだな。そういったものも少々参考にさせていただきました。
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--- [ 夕暮れの解読者 ] ---
04/09/09 (木)

「あー、かったりィ」
 試合を三日後に控えたサッカー部の練習も終わり、高校から家への帰り道を歩きながら、眉目秀麗な少年がぼやいた。そして、せめて退屈を紛らわせるため、優雅な仕草で携帯電話の画面を見る。
『17歳です。よろしくね☆』
「また出会い系か、うぜえな……ま、一応見ておこうか」
 ピッ。
『那於渡さん、いつも、お顔を拝見しています。今日も会えること、楽しみにしていますね(はぁと)
 ⊃‡"/∪アL丶カゞw八"яё∋』
「ゲッ、ストーカーかよ……しかも何これ? 呪いのことばでも書いてあるのか?」
 気持ち悪い。これから顔を合わせると言うことは、帰り道に会うのか。そう思い、時間をずらそうと、友人の伽図耶がバイトをしているコンビニに立ち寄ることにした。
 コンビニの看板が見えてきた頃、バス停横のベンチに腰掛けた、浅黒い肌の背筋の伸びた男が声をかけてきた。
「きみ、高校生だね?」
「はあ、そうですけど。何か?」
「これ、読めるかい?」
 と、ダンディな男に突き出された形態電話の画面には、不思議な暗号が踊っていた。
『才├宀廾wL丶⊃м○アl)カゞ├宀☆ =яёカヽяам○カゞw八"ッ〒(~V~) 才宀工w∪〒儿∋\^o^/』
 読めねえよ。
 と、那於渡は内心思った。だが、彼は先ほどもらったメールにもあるような、ギャル文字という奇怪な暗号を使う種族がいることは知っている。都合よくクラスメイトの助士でも通りかからないかと見回すと、コンビニのガラスの向こうで、色白な顔に形のよい唇を歪め、伽図耶がニヤニヤしているのが見えた。
「ちっ、あいつに聞いてみっか」
 あいつはこういうのに詳しかったはずだ、と思って手招きすると、放たれた矢のごとき素早さでドアを出て、伽図耶が飛んできた。
「お前、これ、なんて書いてあるかわかるか?」
「んー、どれどれ」
 伽図耶は、きりりと目を細めて携帯の画面をのぞきこむと、スラスラとよどみなく読み上げた。
「お父さんありがとう、これからもがんばって、応援してるよ、だってさ」
「そうか! ありがとう」
 男はそう聞かされると、嬉しそうに目を売るませた。
 本当に素直に喜んでいいことなのか、と思いながら、那於渡は悠々と伽図耶に手を振る。
「サンキューな」
「ああ。試合近いんだろ? 因り道しないで帰れよ」
「大きなお世話」
 言って、時間稼ぎにコンビに立ち寄るつもりだったのを止めて、少し遠回りして帰ることにする。
 そして、信号待ちのもなか、ふと、携帯電話を見る。
 ストーカーかと思われた相手からの、メール本文を。
「あいつ……」
 つぶやいて、彼は再び歩き出した。


 作者のコメント:現代物なんて慣れないものを書いてみました。
 そうそう、これ読んだ人は必ず感想を(壁に向かって)言うこと! ただ読みは駄目よ☆

 ……やってみました。こんな小説。

 1顔文字記号使用、2ギャル文字多様、3誤字脱字、4美形が多い、5セリフで話を進める、6作者が登場人物に萌える、7登場人物の名前が懲りすぎ、8作者の日記が痛い、9感想の強要、10作者のコメント

 5は微妙。4と6は7とあいまって、何か妙な雰囲気になったなあ。とにかく、ギャル文字の使い方に苦労した。気分転換にと言いつつ、むしろ負担になったぞ(汗)。
 本当の気分転換をしよう。気の赴くままに何か書くか。ショートショートをもう少し量産したいな。
to EPT | ▲UP | 宇宙暦:319691.9 BW

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