--- [ 暫定小説『悠久の旅8』 ] ---
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雨は、少しずつ小降りになっていく様子だった。それでも、傘を差さなければすぐに余すところなく濡れる勢いは残っている。
窓からふたつの傘を見ていたアカルは、兄を起こさぬようそっと部屋を出ると、二人の大人たちが姿を現わすのを待った。 やがて、少し建てつけの悪い戸が開き、長と、学者風の男が入ってきて傘をたたむ。 「いらっしゃいませ、お客さま」 アカルが大人ぶって頭を下げ、母から受け取った布を差し出すと、エシンは人懐っこい笑みを浮かべた。 「お邪魔しますよ、アカルさん。さすがヴァハルの長のお子さまたちは、礼儀も心得ていらっしゃる」 「大人の真似をしたい年頃なのですよ」 苦笑して、長はエシンに席を勧め、妻が入れた茶を渡した。少しの間、家族や仕事の話を中心にした歓談が続く。 だが、客人は、これが家族の全員でないことは知っていた。もともと、彼の目的はもう一人の人物なのだ。 話題が切れると、医師は早速、長の案内で奥の部屋に入る。部屋は明りの火をともしておらず、窓の曇りの空の明りだけが、薄っすらと室内の輪郭を浮き上がらせる。 闇の中で、寝台の上の気配が動いた。長が持っていた鉄板付のローソクを机の上に置くと、となりの部屋の声ですでに目を覚ましていたらしい少年が、眩しそうに目を細めながら見上げた。 「お客さま……ですか?」 荒い息を吐きながら、セフィルは見覚えのない人物を見上げた。相手は、ためらうことなく、彼の枕元に歩み寄る。 「きみがセフィルくんか。初めまして、わたしはエシン。世間で言うところの、医者という者だよ」 独特な言い回しで自己紹介すると、男は笑顔で、少年の顔をのぞき込む。 様々な文献を漁ってきたセフィルは、王宮のこともよく知っていた。エシンが、皇帝にも頼りにされている、高名な医師であることも。 彼が茫然としている間に、医師は母親から、今までの経過をきいていた。それが終わると、少年の頬に手を当て、顔色を見る。 「病気自体は大したものじゃなくても、抵抗力がないために長引く傾向にあるようですな。体力もないから、長引けば長引くほど弱って、抵抗力も下がる」 「一応、食事にも気をつけているのですが……生まれ持った体質は、仕方がないのでしょうか」 望みはないものかと、少年の母親が真剣に名医に問いかける。 「もっと成長すればある程度改善されるでしょうが、まだ身体ができていませんからね……ただ、この子には術の素質がおありのようです。この子なら、これも理解できるでしょう」 そう言ってエシンが取り出したのは、一巻の巻物だった。 術は、ヴァハルの長にとっても、村にいた頃に見慣れたものだった。だが、街に出てからは、ほとんど目にする機会はなかった。 「これには、己の体内を流れる気の循環を操ることで外からの悪い気を遮断する、気術の指南も書かれている」 「そんな大切なものを……」 名医が差し出す巻物を、長は受け取るべきかどうか迷った。おそらく、値がつけられないほどの価値を持った巻物だということは、想像に難くない。 「なあに、読んでも大抵の人には意味のわからない、つまり、意味を成さない巻物です。読める人の読んでもらうのがいい。わたしは、別の写しを持っておりますので」 エシンは屈託なく笑うと、まだ迷っている長ではなく、目に好奇の光を映しているセフィルに巻物を手渡した。 紐をほどき、中身を覗いた少年の目が見開かれる。まるで、新しい玩具を与えられた幼子のように。 「ありがとうございます。本当なら、色々と話を伺いたいところですが……」 「それは、元気になってからがいいね」 心から嬉しそうに見上げる少年に、稀代の名医と名高い男は、再度の訪問を約束した。 今まで見たことがないほど楽しげな顔をする我が子を見つめながら、長は内心、エシンと、彼を紹介してくれた宿の主人に感謝した。 ■コメント(HN(仮HN可)&メール記入必須。メールは公開されません。) トラックバック
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--- [ いい年こいて久々に ] ---
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「ねるねる」なんて買ってみた。これ、結構昔からあるよな〜。
CGI配布元が対応してくれたので、スパム登録の削除に終われる日々は終わった……のか? ここのトップの小説も久々に更新。2月以降いじってなかったんだなあ。 ■コメント(HN(仮HN可)&メール記入必須。メールは公開されません。) トラックバック
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