万能ドライヴBORDERS
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ひとつの未来 [ - 01 - ]


 いつから存在していたのか。
 そのドーム状の建物について、誰も詳しくは知らない。気づいた時には魔法都市イグラムの中心にあり、一種の神殿として、人々の生活に関わってきた。そこは人々にとって、神聖で心の落ち着く場所だった。
 しかし、アメルスにとっては別だ。
 彼女は落ち着かない様子で、物珍しそうな視線を投げかけてくる通りすがりの神官に背を向けた。それでも、その黒いジャケットや腰に吊るした単発式拳銃、リヴォルバーは目立って仕方がない。全体的な雰囲気からして、この少女はイグラムの、いや、この世界の住人とはどこか違っている。
 彼女はそれを気にしながらも、多くの参拝客がいる祭壇のほうへと進んだ。祭壇の前には、神聖な、蒼白い色をした炎が燃えている。
 それをのぞき込むなり、アメルスは愕然とした。
「どうしたんだい? お嬢ちゃん」
 紫紺の瞳を見開いている少女に、近くにいた中年男性が声をかける。
 少しの間、アメルスは口を開かなかった。ますます不思議そうな顔をする男性が、また声をかけようと口を開いたとき、少女はようやく言った。
「あの、カーラン・リメインスへの行き方ってわかりますか?」
 今度は、男性のほうが茫然とし、沈黙する番だった。
 カーラン・リメインスは、400年前に滅んだ超魔法文明の遺跡である。多くの腕に覚えがある冒険者が財宝を求め、それに挑んできた。しかし、そのありかはいまだ知れない。ウワサによると、強力な番人がいるのだそうだ。
 つい最近、遺跡について有力な情報が入った。最北の山奥に氷に閉ざされた街があるというのだ。しかし、強力な魔物と最悪の地形で、近づける者はいない。
「もう何人も、そこに挑んでは帰らぬ人となっている。それも、国に雇われた歴戦の猛者たちで構成された調査隊さえ、だ。伝説の魔法を求めるなど、愚かな望みだったというわけだ」
 親切な説明を聞きながら、アメルスは、まるで冒険ファンタジーのゲームみたいだな、と思っていた。冒険者、魔法、魔物……いわゆる中世風冒険ファンタジーの、ロール・プレイング・ゲームの要素が満載である。
「伝説の魔法って、どんなものです?」
 人の良さそうな相手の男性に、そう質問する。
「そんなことも知らないのかい?」
 興味津々で目を輝かせるアメルスを、彼はあきれや驚きより、心配の色を含んだ目で見た。
「有名な話だよ。その魔法の前には、どんな怪物もひれ伏すしかないという。その魔法を使いこなす者には、天使や神と同等の位が与えられるのさ」
 説明しながら、彼は不吉な予感を感じた。この子は、行く気マンマンだ。
「いいかい、お嬢ちゃん。いままであの遺跡に挑んだ者で無事に帰ってきた者は多くない。どうしても冒険者になりたいなら、まずは冒険者育成学院にでも入って……」
 気がつくと、少女はすでに背を向けて去っていくところだった。
「あっ! ちょっと待ちなさい」
「説明、ありがとうございます。助かりました。わたし、これから急いで行くところがありますんで」
 慌てて追いかけようとする男性から逃げるように、風変わりな少女は速足で神殿を出て行った。

「……<無関心者>のヤツ、教えるくらいなら最初からそこに転送してくれればいいのに」
 神殿を出たアメルスは不機嫌そうにつぶやきながら、とりあえず人の多いほうを目差していた。行き交う人々が奇異の目を向けてくるが、当人はだいぶ慣れてきている。
 やがて、人の流れをさかのぼり、彼女は商店街にたどり着いた。様々な露店が並び、多くの客で賑わっている。なかには冒険者らしい一行の姿もあった。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん、見て行ってくれよ。安くしとくよ」
 声をかけられ、アメルスは風呂敷の上に商品が並んだだけという、シンプルな店に歩み寄った。どうやら、女性用の装飾品を売っているらしい。
「お嬢ちゃん、年頃の娘さんはおしゃれくらいしなきゃダメだよ。まあ、その変わった格好なら、どこでも目立つだろうけどな」
 自分の姿を見下ろし、アメルスは、変装が必要だろうか、と考えた。しかしそこで、この世界の通貨を知らないことに気づく。
 少し考えた後、彼女は懐に手を入れた。
「あの……買い取りって、お願いできますか?」
 ためらいがちにきくのに、店の主人は陽気にうなずいた。
「値段のつけられる物なら、な。まずは商品を見なきゃわからねえなあ」
 促され、アメルスが懐から取り出したのは、小物入れだった。チャックを開け、中から手のひらに納まるくらいの、銀のナイフを取り出し、店主に手渡す。
 店主は虫眼鏡をかざし、まじまじとナイフを観察した。
「ふーむ、キレイな装飾があるけど、実用モノか。あ、やっぱり傷がついてるねえ……これならナイフ屋でも買えるし、あまり使い道がないしな……」
「そうですか……」
 がっかりした様子の少女を振り向くと、店主は目を丸くした。
「そ、それを見せてくれないか」
 と、彼が差し示したのは、小物入れについた、小さなキー・ホルダーである。半透明な、プラスチック製の青い招き猫だ。
 アメルスが慌ててキー・ホルダーを外して渡すと、店主は熱心にそれに見入った。
「意外と軽い……この形状は、たぶん獣神クラメス様だな。この神秘的な光沢と質感……すばらしい。これなら、五〇〇〇ピランで買おう!」
「売った!」
 五〇〇〇ピランとやらがどれくらいのものかはわからなかったが、アメルスは即座にそう決めた。
 早くこの場を去らないと、笑い出してしまいそうだったからだ。
 彼女は大きな一〇〇〇ピラン金貨とやらを五枚もらうと、早々に店を離れた。自分が売ったキー・ホルダーに客が集まるのを横目で見ながら。
 宿の看板などを見ると、一晩が大体二〇〇ピランという相場らしい。これなら、旅の準備に困ることはなさそうだ。
 彼女はまず、マントを買った。これで、ジャケットや拳銃を隠すことができる。
 それから、地図と、食料、水筒、コンパス。あとは、小さなリュックサック。カンテラやロープはもともとその機能があるものを持っているので、必要最低限のものに留めておく。
「ずいぶん金持ちになったな……」
 背負ったリュックより、財布が重い。
 それを少し軽くしようと考えたところで、今は昼食時間であることを思い出した。商店街を少し外れ、適当な食堂を見つける。
 <魔法の隠し味>亭という看板の下を通ってなかに入り、あまり広くはない店内を見回す。五つあるテーブルのうち、埋まっているのは二つだった。一方は若い男女が静かに食事を取り、もう一方ではガラの悪そうな、冒険者らしい大男たちが騒いでいる。
 これは外れを引いたかな、と思いつつ、アメルスは端のテーブルの席に座った。テーブルの上にあるメニューを眺める。
「ご注文はお決まりですか?」
 馬鹿騒ぎをしている酔っ払いたちを迷惑そうにチラリと見ながら、若いウェイトレスが注文を取りに来た。
 ウェイトレスの表情に気づきながら、アメルスは大きな声で注文を言った。注文内容の実物はもちろん見たことはないが、今はどれでも良かった。
「そうだなあ……じゃあ、ガザー牛のステーキとジェル卵入りコーンスープと……リーヌダケの炒め物、デザートは最高級ジェリーポンチで」
 ウェイトレスは、開いた口が塞がらない、といった様子だった。実は、アメルスは単にメニューで値段が高い順に四つ選んだだけである。
 口を開けたままのウェイトレスに、彼女は大きな金貨を見せた。
「お金ならあるよ。よろしく頼むよ」
「し、しばらくお待ちを」
 ウェイトレスは店の主人と相談でもするのか、慌ててカウンターの向こうに走っていった。
 アメルスが手にした金貨に目を奪われ、酔っ払いたちも静かになった。だが、やがて一人がいやらしい笑みを浮かべ、少女に近づいて来る。
「どこでそんな大金拾ったんだ、嬢ちゃん? 冒険者か……? でも、そんな大そうな財宝を見つけたとも思えねえな。そんなことがあれば、とっくにオレたちの耳に入ってるはずだ。もしかして、盗みか?」
「まっとうな金だよ」
 言って、セルフサービスの水を一口。
「どうだかな? 本当に冒険者か? 一体、これからどこに冒険に行く気だ?」
「カーラン・リメインス」
 馬鹿にしたような笑みを浮かべてきく男に、アメルスは短く答えた。
 その瞬間、男たちの顔に、驚きと侮蔑の色が広がる。
「馬鹿言え……お前、やっぱり騙りだな。その金もまっとうな物じゃねえだろう。オレに渡しな。有効活用してやるよ」
「断ると言ったら……?」
「痛い目見ないとわからないのか、嬢ちゃん」
 いかつい顔を歪め、凄みをきかせる。
 その時、男の仲間らしい、剣士らしい背の高い男が立ち上がった。金属のプロテクターを着け、長大な刀を腰に吊るしている。渋めの顔に、二つの傷跡がはしっていた。
「いいか、中途半端な報酬や分にそぐわない道具を与えられた者は自滅する。金を渡せとは言わない。だが、カーラン・リメインスに行くのはよせ」
 先にそばに寄っていた男が、興ざめしたように舌打ちした。どうやら、この剣士は他の連中とは違うらしい。
 だが、アメルスが言うべきことは変わらなかった。
「……ご忠告には感謝する。でも、私には行かなければならない理由があってね」
 カウンターの奥にある厨房が何か慌しい。そちらをチラリと見てから、彼女は溜め息混じりに言った。
 剣士は、じっと少女を見下ろしている。
「無駄に命を落とす気か。力づくでも止めようと考えるが、いいかな?」
 そのたくましい、ところどころに傷跡らしい筋が見える手が、腰の愛剣の柄にかかっている。
「外へどうぞ」
 アメルスが平然と言って立ち上がった時、何か言いたげなウェイトレスが駆け寄ってきた。しかし少女は何も言わせず、一〇ピラン銀貨を一枚、握らせる。
「すぐ戻ります」
 唖然としているウェイトレスと他の客を残し、剣士に続いて店を出る。剣士の連れも、今となっては何も言わなかった。ただ、これから始まるものを見逃すまいと、二人に続いて通りに出ていく。
 男の仲間の誰かが知らせて回ったのか、通りには、すぐに野次馬が集まり始めた。その注目を浴びながら、いかにも歴戦の戦士といった風情の男と、眠たげな顔をした、しかも丸腰らしい少女が向かい合う。
 人々にとっては、勝負は見えていた。野次馬も、おもしろがるような様子はない。
「ありゃ、ただの弱いものいじめじゃないかい」
「誰か止めないのか?」
 ヒソヒソとことばを交わすのが、アメルスの耳にも届く。
「後悔しないか?」
 向こうにも聞こえているのか、剣士はそう尋ねてきた。しかし、アメルスは相手同様に表情を変えないまま、大きくうなずく。
 剣士は、愛剣の柄を握り、居合のかまえをとった。
「我が名はジェイル・オーウェン。勝負!」
 言うなり、長大な刀が抜き放たれる!
 不可視の一撃が、空中を切り裂いた。アメルスは後ろに跳んでそれをかわしている。
 しかし、刀を振り切ったスキをつくような余裕はなかった。ジェイルと名のった剣士は、その優れた瞬発力と腕力で、すぐに刃を返す。それも、土埃を上げて大地を蹴りながら。
 ヒュッ!
 小さな、鋭い音が、アメルスの耳もとで鳴る。再びかわす彼女の右頬に、赤い線が引かれた。
「その身のこなし……なかなかのものだな。偶然や一夕一昼夜でできるものではない」
 一旦剣を引き、鞘に収めながら、ジェイルは言った。
 戦意をなくしたわけではない。彼がとった体勢は、再び居合のかまえだ。
「しかし、よけてるだけでは勝てないぞ。武器は何だ? 魔法でも使う気か?」
「魔法?」
 手の甲で無造作に血をぬぐいながら、少女は意外そうな顔をした。
「素手ということは無いだろうが、勝負を投げ出すことはできない。次の一撃で決めさせてもらう」
 居合のかまえをとったままのジェイルが、その闘気とでもいうべきものを膨れ上がらせる。遠巻きに見ている観客たちでさえ、肌がピリピリするような感覚を覚えた。気の弱いものなら、足がすくんでしまうだろう。
 しかし、その闘気も意に介さず、対峙する二人の間に割って入った者がいた。
「もうよさないか。何があったか知らないが、こりゃ勝負と言えたものじゃない」
 そう言ってアメルスの前に陣取ったのは、剣士風の青年だった。青年が現われた方、野次馬たちの間には、その連れらしい姿もある。彼らも、冒険者らしい。
 集中を乱された二人は、複雑な表情で青年を見た。
「少なくとも、オレは真剣勝負のつもりでやっている」
 まず、ジェイルが反論した。
「勝負の場に口を挟まないでもらいたい」
「双方合意の上だよ」
 少女もまた、青年に非難の目を向けた。
 仲裁に入った青年は、これでは立場が無い。戸惑ったように、後ろのアメルスを振り返る。
「しかし……」
「これは勝負であって殺し合いじゃない。死人を出す気もない」
 答えたのは、ジェイルだった。
 その答に安心したわけではないだろうが、青年は身を引いた。溜め息を洩らしながら、二人の間を空ける。しかし、仲間の元には戻らない。何かあれば手を出すつもりらしい。
 青年が視界から消え、アメルスを世界の中心に捉えると、刀使いは一瞬静止する。
「――行くぞ」
 不意に、その姿がかき消えた。
 右からの風の動きと危機感を感じ、アメルスは身をひねりながら飛び退く。マントのすそが、音も無く切り離された。
「魔法って――」
 ほとんどの観客には、ジェイルの姿も攻撃も見えない。しかし、相手の少女はまるですべてが見えるかのように、紫紺の瞳で宙を追っている。
「こういうものかな?」
 マントの内側に入ったアメルスの手が、宙に取り出されるなり、人々の視界の中でブレた。
 ダン!
 一瞬遅れて轟音が響く。
「何ッ!?」
 次の瞬間、人々が見たものは、左肩のショルダー・ガードを吹き飛ばされたジェイルと、変わった武器を右手にした少女だった。
 粉砕された金属の破片と、少女がかまえた見たことのないを見比べながら、ジェイルは愕然とする。
 そのスキを逃さず、アメルスは、素早くトリガーを引く。二度、三度。
 発射された弾丸は貫通せず、大きく弾ける。
 ジェイルは身をひねりながら刀を振るったが、少女は間合いを取りながら正確に相手の鎧のつなぎ目にポイントした。
「チェックメイトだ……」
 間もなくすべての鎧を奪われたそこに、最後の一撃を見舞う。
 ……カラン、と、意外に軽い音がした。
 男の手を離れた刀が、通りの地面に落ちる。
 しばらく、観客もジェイルも茫然としていた。
 やがて、何も握られていない手を凝視していた男は、がっくりと膝をつく。
「オレの負けだ……」
 アメルスもまた、手にしたリヴォルバーを見つめていた。弾倉には、一発の弾丸も残っていない。
「油断したか……怠慢だった……」
 そうつぶやくと、少女も地面に片膝をついた。
「大丈夫か?」
 ケガをしたかとでも思ったのか、そばでじっと戦いを見ていたあの剣士が、慌てたように駆け寄った。
 肩を叩かれ、少女はようやく正気に戻ったように顔を上げる。その顔に浮かぶ表情からは、疲弊しきった様子が読み取れる。
「大丈夫か……?」
 もう一度、青年は心配そうに声をかける。
 少女は、ぐったりした様子で言った。
「お、お腹すいた……」

 テーブルの上には、いくつもの大きな皿が並んでいた。そして、皿の上には、この店で一度も注文されたことがないという料理のすべてが並ぶ。
 それをキラキラと目を輝かせて見ていたアメルスが、突然弾かれたようにフォークとナイフを取る。
「いただきます!」
 律儀に言い、ガザー牛のステーキにナイフを入れる。肉汁がしたたるそれを切り分け、口に運びながら、彼女はようやく、周囲の顔ぶれに気づいた。
 まず、ジェイルと、うらやましそうにこちらを見ているその連れたち。そして、決闘の間も必死に材料集めにかかっていた店の主人とウェイトレス。それに、なぜかついてきた青年剣士と、その仲間三名。仲間とやらは少年と神官風の女性、それにローブをまとった青年という顔ぶれだ。
「……きみ」
 しばらくじっとアメルスの食事風景を見ていた青年剣士が、渋い顔で口を開いた。
「カーラン・リメインスを目差しているんだってな」
 またその話か……
 アメルスは正直、少しうんざりした。もう一度決闘することになるのは、勘弁してもらいたい。
 しかし、彼の口から出たことばは、意外なものだった。
「実は、オレたちもそこを目差している。伝説の魔法を求めてな」
 アメルスは、わずかな間手を止めた。本当に、一瞬のことだが。
「ふうん。あなたたちも命知らずだってわけか。でも、その魔法って、分けられるものなのかい?」
 そのことばには、魔術師らしいローブの青年が応じた。
「……その魔法を得るには、神が創った秘宝が必要だという。だがそれは一つしかない。でも、カーラン・リメインスに行くまでなら、一緒に行って損はないだろう」
 彼の言うとおりだ。プチプチと口で弾けるコーンスープを一口すすり、アメルスは笑う。
「カーラン・リメインスに着いたら、そこからは競争か」
 断る理由も無い。彼女には一人でもたどり着く自信があったが、郷に入らば郷に従え、ということばもある。
 その時、ウェイトレスがデザートを運んできた。
 凝った模様が入ったグラスが前に置かれると、アメルスは目を丸くする。
 グラスに、フルーツや生クリームとともに入っている半透明なものが、うねうねと動いている。まるで、生きているようだ……。
「こ、これは……」
「最高級ジェリーポンチです」
 ウェイトレスが、ほとんど嫉妬に近い目をアメルスに投げかけながら、言った。
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