万能ドライヴBORDERS
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ひとつの未来 [ - 02 - ]


 <魔法の隠し味>亭を出る時、アメルスはジェイルに脇差しをもらった。彼の刀とセットになっていたというもので、なかなかの名匠の手によるものだという。アメルスは剣技に触れたことはないが、ジェイルが執拗に押し付けられ、仕方なくもらっておいた。
「きみの武器には驚いたな。でも、備えあれば憂いなしだ。剣技を教えようか?」
 サフィスと名のった青年剣士が、馬車屋に向かう道で尋ねてくる。
 カーラン・リメインスは北である。イグラムを出て、五、六の町や村を越えなくてはいけない。早くても一週間はかかるという。
「後でぜひ、お願いしたいですね」
 言いながら、少女は馬車を迎えた。それに乗り込み、一路北を目差すことになる。 イグラムを出ると、道はお世辞にも整備されているとは言えなくなった。馬車は横にも縦にも揺れる。
「腰が痛い……」
 ずっと座っているだけでも体力がいる。
「あんまり旅慣れていないみたいだな、あんた」
 フラップという名の、アメルスとそう歳の離れていない少年が笑った。アメルス同様に小柄で、身長も近い。
「食べたばかりでこれはきついな」
「あんなうまそうに食ってたくせに」
「ふふ……」
 アメルスは、あの忘れられない味を思い出す。とろとろの食感と、舌の上でじんわりと広がる、見かけに反した上品な甘味。
「まったく、これじゃあ先が思いやられるぜ」
 よほどうらやましかったのか、少年は八つ当たり気味に言って横を向く。
「まあ、私たちも目的を果たしたら、おいしい食事をとりましょうね」
 サフィスと、それに同じく仲間の魔術師ランデルの幼なじみだという女性、タチアがそうたしなめた。長い金髪の、なかなかそこら辺にはいない美人だ。
 アメルスもそうだが……この同行者たちにとって、カーラン・リメインスの秘宝は、他人には譲れない目的らしい。
 その点ではいずれ敵同士になるのでずるいかもしれないと思いながら、アメルスはランデルにきいた。魔法のことなので、やはり最も詳しいのは彼だろう、と、見当をつけてのことだ。
「どうして、危険を冒してまで伝説の魔法を取りに?」
その問いに、栗色の髪の若い魔術師は、かすかに苦笑を浮かべて答えた。
「……オレたちが生まれた村は、山奥にあってな。それが、三年前にがけ崩れがあって、戻れなくなってしまった。魔法で道を塞ぐ岩をどけようにも、攻撃魔法はどれも威力が強すぎて、新たながけ崩れを起こす危険性がある。それで、伝説の魔法なら何とかできるかもしれん、と言うわけさ」
「それで伝説の魔法を」
「……でも、もう三年前だからな」
 横で話を聞いていたサフィスが、ポツリとランデルの後を続ける。
「村がどうなっているのか……あるのかどうかもわからない」
 その、すでに滅んでいるかもしれない村のために、ずっと旅を続けて来たのだという。村には当然、彼らの家族や、友人もいるのだろう。
「あんたはどうなんだよ?」
 馬車の中に沈黙が訪れようとしたその時、フラップがきいた。
 あんたには、この三人と伝説の魔法を入手するのを競うだけの理由と覚悟があるのか……明るい緑色の瞳は、そう語っている。
 アメルスの紫紺の瞳は、真っ直ぐに鋭い視線を受け止める。
「私には、力が必要なんだ」
 その声には、今までにはない感情が込められていた。憎しみとも、決意ともつかない感情。
「何者も打ち倒すことができる力が。そして、守り通すことができる力が……」
 その静かな気迫に圧され、フラップも口を閉ざした。
 ――一行は、旅を続けた。
 町や村の宿屋に泊まれることもあるが、野宿も多い。保存食として買った干し肉の硬さと果実の渋さを知り、アメルスは彼女の豪華な食事をうらやんだフラップの気持ちを理解した。
 そして、彼女は夕食の後、サフィスに剣技の手ほどきを受けた。
 もともと棒術や槍術の心得があるらしく、その腕は最初に手合わせした時にサフィスが舌を巻くほどだった。ただ、それは剣の扱い方とは違う。
「まあ、オレは直刀使いだし、刀の扱いはわからん。それぞれの戦い方があっていいと思うしな。けど、今は剣の使い方を学びたいんだろう?」
「直刀でもかまいませんよ。私は覚えられる技は覚えたい」
 アメルスは、技を覚えることに貪欲だった。それも、自身が求める強さを身に付けるためか。
 そして、彼女は技を覚えるのが早かった。教えているサフィスも、それを近くで見ている者たちも、恐ろしくなるくらいである。
「こりゃ、敵に塩を送ったかな」
 いずれ、戦うことになる相手である。サフィスは、失敗したな、とつぶやいた。
「おあいこですよ。あなたが私に教えたのだから、技も私のクセもわかってるでしょう。それに、その技を使うとも限らない」
 苦笑して、少女は言う。
 技が他にもあるから恐ろしいんだけどな、と、サフィスは思っていた。イグラムで見た、あの見知らぬ武器。そして、この少女のことだ、他にも色々と技や奥の手を持っているに違いない。
 どうにしろ、自分の技を信じるだけだ。
 素振りを続けるアメルスから離れ、たき火を囲む三人に近づきながら、サフィスは愛剣の鞘を軽く叩いた。

 大陸の最北にしては、そこは寒くはなかった。おそらくは、地形のせいか。
 なだらかな上り坂になっている氷でできた洞窟を進み、五人は目的地へと、一歩一歩近づいていた。洞窟の壁は薄く、半透明なその向こうに山並みがうっすらと青みがかって見える。
「あと少しだな」
 先頭を行くサフィスが洞窟の出口を視界に捉え、振り返って言った。声がかすかに震えていたのは、緊張か、それとも寒さのためか。
 彼は洞窟の出口を見据えたまま、剣を抜いて歩き出す。後続の者たちも、さらに警戒を強める。今までの情報によると、この先には強力な番人がいるのだ。
 やがて、警戒と緊張が最高潮に至ると同時に、洞窟を出る。
「ここが……」
 眼下に広がる光景に、思わず、彼らは感嘆を洩らしていた。
 文字通り、氷に閉ざされた街並み。錆びついたような赤茶けた、光沢のあるものでできた建物群。長大な、斜めになった塔が、別の大きな建物に支えられている。
 アメルスは、デジャ・ヴを感じた。
 しかしそれは、視界に割り込んできた巨大な姿と、空に響く雷鳴のような轟音に遮られた。
 視界に捉えきれないほどの大きさの灰色の身体に、コウモリに似た翼。ワニに似た長い顔にある目は、その牙と爪同様に鋭い。
「こいつが番人か!」
「ドラゴン……」
 アメルスも、それがどういう存在なのかは知っている。おそらく、攻撃能力を持ったブレスを吐くだろうということも。
「偉大なるレイミアよ、我らに加護を。<セイントバリア>」
 タチアが杖をかざし、祝詞に似た呪文を唱え、魔法を放つ。光の壁が、一瞬五人の周囲で輝いた。
 グオオォォォォォオン!
 灰色の竜が鳴き、急降下。その翼の一薙ぎで巻き起こる爆風に吹き飛ばされそうになりながら、フラップが投げナイフを投げた。ナイフは狙い違わず竜の翼に命中するが、傷一つつかない。それで相手の注意を引き付けた少年の後方で、ランデルは呪文を唱え始めている。
 竜の鋭い爪が、氷を割った。押し潰されかけたフラップは何とか逃げている。巨大な影が降り立ったそこに、サフィスとアメルスが突進する。
「踊り狂う炎の化身よ、盟約により我が力となれ! <バーンフレア>!」
 ランデルの杖が、敵を指し示す。そのナナカマドの杖の先から、オレンジ色の尾を引いた巨大な火の玉が飛ぶ。その後を追うように、サフィスは疾走した。
 オオオオォォォ!
 顎で炎が弾け、竜が後ろによろめく。竜の足の上に乗り、そこからさらに跳んで、サフィスは剣先を突き上げる。
 一撃は相手の喉を裂いたが、浅い。
「くっ!」
 振り落とされそうになり、青年剣士は自ら飛び降りた。それを、竜の赤い目が見下ろす――
「何っ!?」
 竜が、口を大きく開いた。そこに、青白い光が見える。
「アイスブレスか!」
 サフィスは急いでその場を離れようとした。しかし、大きな口から放たれたブレスは、剣士の革のブーツのすねを捕らえる。氷に足首を捉えられ、サフィスは転倒した。さすがに、剣は手放さないが。
「何やってんだよ!」
 文句を言いながら、フラップがナイフを投げて注意を引き付けようとする。同時に、タチアがサフィスに駆け寄った。
 竜はナイフを意に介さず、目の前の二人に一歩、歩寄る。
 さらに一歩。
「軍神バングラムの戦を照らす者よ、我らに勝利を導く光を! <フラッシュブラスト>!」
 横からランデルが放つ虹色の光が、竜に直進する。しかし、それは翼の一薙ぎで吹き散らされた。
 しかし、その瞬間、巨大な翼が引き裂かれ、怪物は声を上げる。
 ランデルの魔法の光で一瞬竜の視界から消えたアメルスが、刀を振るったのだ。スキを探りながら忍び寄り、ずっとそばにいたのである。
 タチアの魔法で氷の戒めを解かれたサフィスも復帰し、手負いの竜と向かい合う。竜は憎しみの目を少女に向け、足元の氷の地面を割りながら、突進する。少なくとも、しばらくは飛べないのだろう。
「偉大なるバングラムよ、神聖なる我らの戦いに祝福を! <ホーリーウェポン>」
 タチアの魔法で、サフィスの剣に力が宿る。
「おおっ!」
 ドシンドシンと音をたてて自らを傷つけたアメルスに突進する竜の胴に、サフィスはためらいもなく突進して一撃を食らわせる。魔法の力を得た剣は、敵の腹を深くえぐった。
 竜が吼える。すると――。
「うわあっ!?」
 地面から、氷の槍が突き出した。アメルスとフラップはかわしたものの、他三人ははじき飛ばされ、白い地面の上に倒れる。
 サフィスは鎧の厚みに守られたのか、すぐに身を起こした。
「タチア! ランデル!」
「私は大丈夫……それよりドラゴンを」
 こめかみから血を流しながら、タチアは目で竜を示す。
 向かってくる巨体を見ながら、アメルスは動かなかった。まるで、相手を待ち受けるように。
 そして、彼女は爪の一撃を迎える。
 ガギッ!
 鈍い音が響いた。アメルスはわずかに立ち位置を変え、刀で思い一撃を受け流している。爪は刀身の表面をすべり、地面に食い込んだ。
 わずかな間、竜の動きが止まる。そこへ、フラップのナイフが飛来した。
 目を潰され、再び咆哮が上がる。
「これで終わりだ!」
 駆けつけたサフィスが跳んだ。その右手の白く輝く刀身が、灰色の竜の眉間に埋め込まれていく。
 断末魔の叫びが、氷の絶壁に響いた。

 タチアの治療魔法で傷の手当てを終え、一休みした後、フラップが下へと続く階段を見つけてきた。氷づけの街のもとへと続く、長い階段だ。
 その階段を降り、街の門に到着したところで、ついに、サフィスが言う。
「そろそろ、いいだろう」
「そうですね」
 アメルスも同意した。こうなることは、最初からわかっていたことだ。
「皆さん、今までありがとうございました。助かりました」
「こちらこそ、きみには助けられた」
 複雑な感情の見える視線で、サフィスは少女を見る。一方の相手は、最初から割り切っている様子だ。
 何物に変えても目的を果たさなくてはいけない。その気持ちは、四人の冒険者たちも同じだが。
「先に行っていいぜ」
 フラップがふてくされたように言う。
「あんたは一人、こっちは四人だからな。前から決めてあったのさ」
「ありがとうございます」
 アメルスは、再び頭を下げた。そして、広い通りに目をやる。
「では、お先に」
 言って、歩き出す。
 その背を見送りながら、サフィスは本当に複雑な心境だった。
 相手がある程度下の実力なら、死なせずに捕らえることもできる。それに、伝説の魔法に固執していなければ、いくらでも話をつけられただろう。
 しかし、アメルスは強い。そして、自分たち同様、目的のために命をかけている。
 この伝説の魔法争奪戦が命のやり取りになることは、だいぶ前からわかっていたことだった。

 氷づけの都市には、地下道があった。アメルスはなぜかそんな気がした。どこかから飛んで来たナイフをマントで叩き落とすと、十字路で見つけた地下への入り口に走り入る。
 なかは暗かった。マントの下のジャケットのポケットに手をやり、ペンライトを取り出し、照らし出す。
 ここが本当に、魔法都市か?
 氷の中に透けて見える壁は、何かの金属でできているようだった。それと同じ金属を、彼女は知っているような気がする。
 暗闇を照らしながら、彼女は歩いた。いくつか分かれ道があったが、時々コンパスで確認しながら、真っ直ぐ中心部を目差す。
「――何?」
 不意に前方に、人影が見えた。
 しかし、それはチラリとペンライトの明かりをかすめた後、消えてしまう。灰色の、布切れの端のようなもの。
 それは、アメルスにとって見覚えのあるものだ。
「<無関心者>か」
 呼びかけてみるが、応答はない。
 とりあえずこの道が間違ってはいないのだろうと判断し、かまわず先に進む。真っ直ぐ、中央へ。
 やがて、奥に光が見えた。
 静寂の中、再び地上へ。
 そこは、斜めになったいびつな形をした塔と、そのそばにそびえる長方形の建物のすぐそばだった。アーチ状の透明な天井と壁に囲まれ、道が建物の内部に続いている。
 奇妙な感覚が、建物を見上げる少女を捕らえる。
 あの四角柱の建物は、見慣れたビルみたいだ。そして、この通路も、よくある歩行者通路みたいだ。
 脳裏をよぎる映像に現実を重ねながら、建物に入る。
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