非日常的聖戦(投稿者V氏)



「ふっ、素敵じゃない」
 美園は今日から住む事になったこの「家」を見渡した。庭には色んな木が剪定されて植えられている。そして、満点の星が広がる夜空だ。都会でこんなに綺麗な夜空が見えるところはここしかない。そして肝心な家の方だがドーム状になっている近未来的な家だ。隣には滑り台がくっ付いていていつでも滑れる。「表札」には「山本美園」ではなくて「緑山公園」と書かれているのが玉に瑕なのだが。
「は――っ」
 美園はため息を付いた。吐き出される息は白い。まだ冬に差し掛かったばかりの十一月だが、勿論夜の公園は寒かった。
 かといって、帰る家はもうないのだ。今までは貧しくなんてなかった。美園の父は大手産業の社長だった。……だった、のだ。昨日、行き成り倒産して、あっという間に借金とともに家はなくなってしまった。親戚の家に行く予定だった美園は嫌気がさして公園に来ていた。もう、三日こうしてここから学校に通っている。
「ようよう、おねえちゃんよー。俺たちと遊ぼうぜー」
(来たな!)
 夜必ずと言っていいほど現れるのがチンピラの類だ。そして、美園が、
「嫌じゃ、ボケぇ!」
 というと、必ず喧嘩になるのである。当たり前と言ったら当たり前なのだが。
「おお、すげぇなお前ー!」
 美園がチンピラ五人を取っちめて泣かした後、拍手が後ろから聞こえてきた。美園は空手五段だから軽いもんである。拍手に気をよくして振り返ると良く知った顔と目が合った。
「よっ! 山本」
 茶髪の男はひらひらと手を振っている。思わず美園は「げ!」と言って後ずさりしてしまった。
「なんだよ、ご挨拶だな」
 男はそう言って剥れた。彼は、「白鳥 優(すぐる)」だ。白鳥財閥の跡取である。何故彼を知っているのか不思議な事だろう。簡単なことだ、学校が同じなのだ。
「なんか用?」
 ばさりと長いロングヘアを肩に払いながら、美園はふんぞり返った。家が金持ちだと言う事で皆からも優はちやほやされている。美園は家が倒産で借金だらけでも、こんな男にへこへこするのは嫌だった。
 優は大きなため息をついた。それを聞くと自分もため息をつきたくなってしまう。
「実は、今、俺んちで、許婚の相手決められてるんだよー。オレ、まだ遊びたいっつうの」
 優はこの世の終わりみたいな顔をしている。よくこの年の男は遊びたいと言っているが、美園には関係ないことだ。それに、美園は一人の相手を一途に思う派なのだ。
「はーん、大変だねぇ、ボンボンは」
 髪をいじりながら美園は話半分に聞いている。優は更に面白くなさそうな顔になった。
「ボンボンとか、言うな。お前だって社長令嬢じゃん」
 こないだまではな、と心の中で美園は付け足した。
「山本ー……ちょっと、協力してくんない?」
 優は捨てられたような子犬の目をしてすがってきた。「チッ」と美園は舌打ちした。
「おま、舌打ちする事ないだろ」
「だって、鬱陶しいんだもん」
 美園がそう言うと、優は胸を押さえて泣きそうな顔をした。どうやら先ほどの言葉が胸に刺さったようである。
「で、何?」
「オレ、わけあって女の髪の毛集めてんだけど」
「キモ!」
 近寄らないで! と言うと優は怒った。
「わけあってって言ってるだろ! 聞けよ!」
「……で、協力しろってか」
「そう言うこと」
 優は満足そうに笑った。美園は自慢のロングヘアから一本引き抜くと優の前に翳した。
「一本一万円」
 美園が手を差し出すと優が「あ!」と頭を指差した。
「山本! 髪に芋虫付いてるぞ」
「その手には乗りません」
 だが、優はご丁寧にも鏡を見せてきた。その鏡に芋虫が頭の上で蠢いているのが見えた。美園の肌が泡立った。
「ぎゃああああああ!!!! 取って取って! 何で十一月なのに芋虫が居るのよー!」
 芋虫の季節は確か春先だ。十一月に芋虫が居るとは考えにくい。
 美園は頭を振って暴れた。美園は虫が大の苦手なのだ。ぼたっと音がして芋虫は無事地面に落ちた。頭を振り乱していたその時、ぶちっと言う音がして頭皮に痛みが走った。優が隙を見て美園の髪の毛を引き抜いたのだ。それも一本ではない十本位一度に抜けだだろう。
「ぃった! 何すんのよ! 返してよ!」
 優から髪の毛を取り返そうとしたが、思ったより優は俊敏だ。簡単に美園を避けている。
「や〜だね! この為に南国から芋虫を取り寄せたんだからな! じゃあなー!」
 優は逃げるようにしてそこから立ち去った。まったく持って金持ちの行動は分からない。追いかけようと思ったが、腹がぐううと音を立てたため、美園は思いとどまった。カロリーをなるべく使わないようにせねば体が持たない。
「どろぼー!」
 美園の声は空に吸い込まれるようにして虚しく消えた。

 その翌日だった。学校の帰り、美園の両親がベンツの車で校門に現れた。
「美園ちゃん!」
 窓を開けて顔を出したのは美園の父だった。
「パパ! ど、どうしたの? この車……」
 美園は恐る恐る車に乗り込んで車の中を見渡した。高級感あふれる内装、確かにベンツだ。確か、父には借金が数十億あったはずでこんなベンツなど乗れるはずがないのだが。
「美園ちゃんのお陰だよ!」
 美園の父は弾むような声で言った。
「わ、私のお陰?」
「美園ちゃんを見初めてくれた人が居てね! パパの借金全て肩代わりしてくれただけでなくて、パパ、白鳥財閥の役員にしてもらったから!」
「私を売ったの!?」
「売っただなんて人聞きの悪い。全ては美園ちゃん次第だよ」
 美園の父はバックミラー越しににっこりと笑った。美味しいものを沢山食べているのだろう、美園の父はつやつやしている。美園は怒りを通り越して呆れてしまった。全て美園次第だとしても美園が断わればまた借金を背負わせられるかもしれない。美園はそんな苦労を父に負わせたくない。こう見えても美園は親思いなのだ。
 そこで美園ははっと気が付いた。
「ん? ちょっと待って。白鳥財閥って言わなかった?」
「そうだよー」
 美園の独り言に呑気そうな父の声が返ってきた。美園は車の中で「えええっ!?」と一人大声を上げた。

「いらっしゃい!」
 目の前で優は笑っていた。父が娘を会わせたいと白鳥家に連れてきたのである。今は「お若いお二人でごゆっくり」と言う事で、美園の前には優しかいない。やたら無駄に広い家の中で優が紅茶をテーブルの上に出した。
「どういうことよ!」
「どういうって、オレが山本を買ったの」
 優は飄々としてそう言った。
「何で!」
「髪の毛集めてるって言っただろ? クラス中の気になる女子の髪の毛集めてたんだよね。それで遺伝子情報を取り出してね、オレの遺伝子とどれが一番合うのか検査してもらってたの」
「何で!」
「そりゃあ、優れた子孫を残すためだろ。それで山本が選ばれたわけだ」
 つまり、美園と優で子供を作るということか。可笑しくて美園は笑ってしまった。優も釣られて笑う。うっかり想像してしまい、ぷつんと頭の血管が切れた。
「いやじゃあああああああ!!!!」
 行き成り殴りかかってきた美園を優は軽々と地面に叩き伏せた。
「言い忘れてたけど、俺、空手八段なんだよね。山本より、三個上」
 どうやら、美園の情報は優がちゃんと把握しているらしい。得意な空手でも叩き伏せられるとは屈辱である。
「うう……女の子にこんなことしていいって言うの?」
 美園が泣きそうな声を出すと、押さえつけられていた手が除けられた。顔を上げると優が逆に泣きそうな顔をして、美園の目の前で手を合わせてきた。
「頼むよ! 美園がオーケーしてくれないと俺、火星人と結婚させられるんだよ!」
「はぁ!? 火星人なんて居るわけないじゃない」
 馬鹿にしているのかと美園は思った。嘘を付くならもっとマシな嘘をつけばいいのに。
「それが居るんだよ! 白鳥財閥は宇宙産業にも手を出してて、火星と有効契約結んでるの。つまり、父はオレが良い人作らないと、火星人と政略結婚させようとしているわけだ」
 そう言ったが早いか優はDVDを持って来て、再生した。
『優様〜! 私、貴方を愛してます』
 大画面に魅力的なバストが豊満な女が映った。しかし、その女の足は八本である。あくまで火星人なのだ。
「これ合成なんじゃ……よく出来てるね」
 美園の喉から乾いた笑いが漏れた。
「そのうち、会う時が来ると思うからその時信用して」
 諦めたように優は力なく言った。会う時がくるなら来てほしいもんだと美園は思う。
「オレと山本が付き合ってると知ったら、攻めて来るだろうから……これ」
 優が棒の様なものを渡してきた。美園はそれにスイッチがあることに気が付いた。ぽちりと押してみる。
「うわっ!」
 棒から光がヴイインと音を立てて伸びた。
「光の剣だよ。うちで作ってるんだぜ」
 鼻高々と言った風に優は自慢した。
「マジか」
 伝説の武器を地球人が作れるとは驚きである。美園は光の刃に触れてみようとした。
「触ったら痺れるから気をつけてな」
 優が慌てて注意してきたので美園は手を引っ込めた。
「これで、火星人と戦えってか」
「そう言うこと。戦ってくれるよな、山本! オレ、火星人となんか結婚したくないんだよ!足が八本の子供なんて嫌だー!」
 ついに優は両手で顔を覆って泣き始めた。ボンボンも大変なのだ。
 美園は盛大にため息を付いた。結婚と優と付き合うことは置いておいて、父を救ってくれた手前、どうにかするしかないだろう。
「私も、人間と火星人のハーフなんて見たくないから……協力してやるか!」
「美園ちゃん!!!」
 感極まって抱きついてきた優を美園は殴った。それに名前で呼ばれると虫唾が走る。それとこれとは話が別なのである。
「かかって来いや! 火星人!」
 美園は剣を構えて部屋の中で叫んだ。隣で優が拍手している。
 こうして、美園の非日常な日々は始まったのである。